1日目。
カーテンを開けてもお日さまに出会えない朝、少しだけ期待外れのような気持ちになる。
お日さまに出会って明るい世界の喜びを受け止める準備ができていたのに、迎えてくれたのはどんよりと薄暗い空。
おはよう。
少しがっかりしたことは、灰色の空には秘密にしておこう。
曇りの日は、もしかしたら晴れるかも、と少しまだ期待を残して朝が始まってゆく。
***
2日目。
目覚めると雨音に気づく。
朝一番にお日さまに出会えないと期待外れだけど、雨の日は少しほっとする。
空はいつもの場所にあるけれど、今日は雲で隠れていて見えない。
今日はこのムードの中にくるまっていてもいいですよ、という合図であるかのように、街が毛布でくるまれているよう。
雨が降っている日のお出かけは大変なのに、休日の雨というのは、家にいることを許してくれるみたいだから憎めない。
気軽におやつは買いに行けないけれど、朝から映画を見ても、本を読んでも、作文を書いても、お料理をしていても、気兼ねしない(いったい誰に、というところだけれど)。
今日はどんな雨の日でしょうか。
雨音は雨の日によってさまざまだから、窓を開けて私は耳を澄ます。
今日はざあざあに近いですね。
重力が雨を楽器にしてあたりは音であふれかえる。
ひんやりとする空気が肌にあたり、鼻先で雨のにおいが香る。
よく知っていて馴染みがあって、ほっとする。
湿っぽさが伝わってくる。
時折、雨粒がぶつかったときに魚が生まれてゆく。
屋根の上やベランダの柵の上で、魚が生まれてぴちっとうねって、すぐに泳ぎ始める。
洗濯物を部屋干ししながら、窓辺から、ベランダを通り過ぎていく小魚たちに挨拶をする。
「ごきげんよう」
彼らはすぐにお隣の部屋のほうへ消えてゆく。
車道の上のほうを、チョウチンアンコウが明かりを灯して泳いでいく。
あれはどこに行くのかしら。
さっきまでより、深いところへやってきたみたい。
チョウチンアンコウが交差点を曲がって、ゆっくりと、霧の中に消えてゆく。
お元気で。
後ろ姿に手を振る。
窓は少しだけ開けたままにしておきましょう。
出会いも別れもある雨の日にはワルツが似合う気がする。
雨音が音符になって、時折外で音楽が鳴っているのが聞こえる。
普段聞かないジャズを聞いてみたりしても、雨の日ならそれが好きだと言えそうなくらいには、雨の日の定番になる。
そんな自分が好きなだけかもしれなくても、何か問題があるかしら?
暗くなった部屋に電気をつけて、いつもより秘密基地にいる気分。
いつも小さい部屋だけど、こんな日はもっと小さくて、世界と分かれてしまったみたいに感じる。
きっとこれは贅沢なんだと思う気持ちは、ノートにしたためて。
私はまだまだ秘密基地に潜んで過ごす。
少し悪いことのように感じながら、偽りのない楽しさを、肯定もせずに包めるのならそれで充分。
明日も雨だったら、もっと世界の深いところに潜っていけそうな気がする。