新しい生活が始まる。
その前にやっておきたいことを数え上げて箇条書きにする間もない。
ひだまりの時間、遠いどこか、ここではないどこかへは一度も行かなかった。
過去でも未来でもなく、今ここにいることがいつになく楽しく充実していたからか、と振り返る。
冬を越えて春を迎えた道はもうすぐ梅雨を迎える。
そういえばあのときこんな色で、こんな香りがしたと懐かしむ。
そしてこんなことを考えていたと、あの頃をもう一度纏うように歩く。
何度も歩いた道を、今は梅雨入り前の日差しを浴びながら再び歩く。
まるでいつものことのようでありながら、別れを惜しむかのよう。
この街の一年を見て、去年の今頃知らなかった景色も今では私のコレクションになった。
思い返すときはどんな季節も愛しく思い返せるのが脳天気で助かる。
小さな街を生きるだけでこんなにもたくさんの宝物を持てるのは、普段は話さないでおく。
多分、伝わらないと知っているから、大切にしまっておきたい。
朝起きてすぐに文章を書けなくなるのが寂しい。
それでもこの国の懐かしい時代に生きた人々のように、よりよい暮らしが待っているならその平凡な日々を受け取らせてほしいと願う心がある。
また一歩普通に近づけるのならそれこそが贅沢だと楽しんでみたい。
他の誰かの贅沢など私には必要ないのだから。
歩道の草が香った。
さっきから香っているのだ。
私が今、それに気がついたのだ。
背負うものが重過ぎて、緑の匂いがそこにあっても気づかなくなって何日が過ぎていただろう。
ドクダミの群れが続いた。
ハルジオンかヒメジョオンか見分けのつかないささやかな佇まいの花も生い茂っていた。
その姿は励ましとも違う。
それは花の擬人化のようだから。
花はただ生きて咲いているだけだ。
私も花のように、咲くことがまるで当たり前のように咲きたいと思う。